長野市観光に行きました

 

学部時代の友人と久々に会おうという話になり、長野市に出かけてきました。

楽しかったし,友人は大切にしようと改めて思いました。

年を重ねるにつれ、こういう友人関係は築きにくくなるような予感がしています。

就職したら友人って作れるものなんだろうか?

 

 

長野駅で待ち合わせをし、初めに向かったのは新小路カフェというカフェ。

内装も外装も素敵です。

私はピリ辛チキンのランチを選びました。おいしくて満足。

しばらく互いの近況を話してから、善光寺に向かって歩き出します。

 

善光寺までの道は綺麗に整えられていて、歩いているだけでも観光を楽しめます。友人曰く、「表通りだけ」とのことですが。

 

こうやって写真を見返すと、善光寺はやっぱり有名なだけあって大きくて立派なお寺だなあ。

お寺の中のきらきらなところは、タイのお寺に似ているような気がします。どうかな。

 

そういえば、ちょっと印象的だったのがこの碑。

この碑は生け花に使われた花の供養のために建てられたそうです。

私の母が生け花をしていて、きっと多くの花をこれまでに生けてきただろうと思うので、代わりに私がお礼と弔いの気持ちをもって祈りました。

 

他には、迷子郵便のための碑もありました。

どんな手紙が不着のままになったんだろう。

届かなかった手紙にはどんな思いが込められていたのだろうか、と想像を掻き立てられました。

 

善光寺を後にして向かったのは城山動物園。

入場無料の小さな動物園です。

 

アシカ、サル、シカ、さまざまな鳥、リス、ペンギンなどがいました。

この小さな赤ちゃんサルは、お母さんから離れて別のサルに近づいた際、そのサルから殴られていてかわいそうでした。

でもお母さんサルは殴ったサルに対して怒っていなかったので、サルの世界では普通のことなのかもしれない?

また、写真には写っていませんが、群れから離れて一人岩陰に隠れてエサを食べているマイペースなサルがいました。

「孤高」というか「孤独」というか……、作家のような、あるいは哲学者のような、とにかく1人でいることを好んでいるように見えて、佇まいがいいなあと思いました。

 

園内には私の好きな動物であるシカもいたのですが、みんな揃って毛並みがボサボサだったので少し心配になりました。

そういう時期なのか、種類なのか? 健康ならいいのですが。

 

りすや鳥を檻越しでなく直接見られる施設も園内にありました。

中ではりすが縦横無尽に走り回っていました。

 

 

 動物園を出て、駅に戻る途中においしそうなクレープ屋さんがあったので一休み。

おかず系クレープを夕食代わりに食べました。大きいフランクフルトが入っていました。

 

楽しかったなあ。

長野市はそこそこ近いのでまた行きたいです。今度は美術館にも足を延ばさねば。

案内してくれた友人に感謝です。ありがとう~。

 

今回携行した本

江戸川乱歩人間椅子』(角川ホラー文庫

 

ミステリー・ホラーは苦手だけれど、『人間椅子』はずっと気になっていたので購入してしまいました。

もっと長いお話だと思っていたけれど、予想以上に短かったです。

それと、もっと狂気じみたストーリーを想像していましたが、どちらかというとぞくぞくしてきて怖くなる感じのお話でした。結局、彼は椅子に入っていたんだろうか……?

私が夫人だったら恐ろしくて、もうその屋敷には住めないかもしれません。

書斎に撫子の鉢植えがあることを、なぜ彼は知っていたんだろう。彼は誰なんだろう。

考えると不思議で背筋がぞわぞわとしてきます。

 

他に収められていた作品では、『お勢登場』が悲しく、恐ろしかったです。

 

「その長持は、いま何人の手に納められたことであろう。あの掻き瑕と不気味な仮名文字とが、新しい持主の好奇心を刺戟することはなかったであろうか。彼は掻き傷にこもる恐しい妄執にふと心戦くことはなかったか。そして又、「オセイ」という不可思議なる三字に、彼は果して如何なる女性を想像しただろう。ともすれば、それは世の醜さを知り初めぬ、無垢の乙女の姿であったかも知れないのだが。」

 

長持(衣装ケース)に偶然に閉じ込められてしまった男は、妻に助けを求めるも、彼女は蓋を押さえて夫を殺してしまう。

夫が窒息しながら爪で書いた妻の名前、「オセイ」。

その文字を見た誰かは、「オセイ」の文字に何を想像したのだろう……という場面です。

夫の愛が悲しくて、妻の行動が怖くて、そして、「オセイ」の文字に女性を想像する「誰か」の姿に自分を重ねてしまってぞくっとする作品でした。